ナチスの「成功」北京では(510asahi)
五輪とナショナリズム
池内紀
ドイツ文学者

ギリシャではなくチベットが火をつけたぐあいである。北京オリンピックの聖火リレーをめぐる混乱、その際に見
せた中国側の強烈なナショナリズム。
この間の経過にあたって、くり返しベルリン・オリンピックが引き合いに出された。一九三六年八月、ベルリンを
舞台にして開かれた第十一回大会であって、ヒトラーが政権について四年目、日の出の勢いのナチス・ドイツがオリ
ンピックを、国威発揚と宣伝の場として利用した。ギリシャからの聖火リレーや、華やかな閲・閉会式など、オリン
ピックにおなじみのセレモニーはベルリン大会より始まった。
「前畑ガンバレ」の水泳や、田島直人の三段跳び、西田・大江の棒高跳びなど、半ば伝説化した日本人選手の偉
業は、この大会の置き土産である。
そういったことに隠れてほとんど知られていないのだが、一九三六年にはオリンピックが二度あった。同年二月
の第四回冬季オリンピック。舞台は南ドイツのガルミッシユ=パルテンキルヒエン。ついで八月のベルリンである。
つまりナチス・ドイツは二度にわたって大々的な国家宣伝の機会をもったわけだ。
当然、考えられる。ナチス当局は一度目は予行演習をしてさまざまな試みをし、二度日の本番に究整なプロパガン
ダをめざしただろう。そのための組織をととのえ、人材をあて、予算をそそぎこんだ。
ナチ国家が国際的な指弾を受けていたのは、その容赦ない反ユダヤの思想だった。ナチ党あげての反ユダヤ・キャ
ンペーンと暴力行為は、とりわけアメリカでしばしば反ナチス・デモを引き起こした。一九三六年、冬季オリンピ
ックを控えドイツの町々から、いっせいに反ユダヤ・キャンペーンが消えた。商店にはりめぐらしてあった「ユダ
ヤ人お断り」の掲示がとり外された。ドイツ特派員だったアメリカ人ジャーナリスト、ウィリアム・シャイラーの
『ベルリン日記 1934−1940』(筑摩書房)の一月二十三日付にある。現況を報告し、オリンピックの訪問客
は「この国のユダヤ人が受けている」扱いについて、何も気づかないようにされていると書いたところ、すぐさま宣
伝省から手ひどくとがめられた。
さらに半年あまりのちの大会に、当局がいかに周到な準備をしたかはいうまでもない。選手村の事務長にユダヤ
人を起用。すでに国外に出ていたユダヤ人の一人、女子フェンシングのヘレーネ・マイヤーをよびもどして「ドイツ
選手団」に加え、その銀メダルを熱烈に祝福した。八月十六日のオリンピック終了日にシャイラーは書いている。
「残念ながらナチのプロパガンダは成功を収めたようだ」
その中核となったのは天才的なショーマン、ゲッベルスをはじめとする国民啓蒙宣伝省だった。ゲッベルスは三十
代、主だったスタッフは二十代。徹底して外国からの報道貞のための情報のお牒立てをした。世界のマスコミはナチ
スが好むとおりの「真のドイツ」を嬉々として故国に送った。北京オレンピックの場合はどうなのだろう? 選手たちの活躍はともかく、「真の中国」がどのように伝えられるか、私にはむしろそのことに興味がある。
池内紀
ドイツ文学者

ギリシャではなくチベットが火をつけたぐあいである。北京オリンピックの聖火リレーをめぐる混乱、その際に見
せた中国側の強烈なナショナリズム。
この間の経過にあたって、くり返しベルリン・オリンピックが引き合いに出された。一九三六年八月、ベルリンを
舞台にして開かれた第十一回大会であって、ヒトラーが政権について四年目、日の出の勢いのナチス・ドイツがオリ
ンピックを、国威発揚と宣伝の場として利用した。ギリシャからの聖火リレーや、華やかな閲・閉会式など、オリン
ピックにおなじみのセレモニーはベルリン大会より始まった。
「前畑ガンバレ」の水泳や、田島直人の三段跳び、西田・大江の棒高跳びなど、半ば伝説化した日本人選手の偉
業は、この大会の置き土産である。
そういったことに隠れてほとんど知られていないのだが、一九三六年にはオリンピックが二度あった。同年二月
の第四回冬季オリンピック。舞台は南ドイツのガルミッシユ=パルテンキルヒエン。ついで八月のベルリンである。
つまりナチス・ドイツは二度にわたって大々的な国家宣伝の機会をもったわけだ。
当然、考えられる。ナチス当局は一度目は予行演習をしてさまざまな試みをし、二度日の本番に究整なプロパガン
ダをめざしただろう。そのための組織をととのえ、人材をあて、予算をそそぎこんだ。
ナチ国家が国際的な指弾を受けていたのは、その容赦ない反ユダヤの思想だった。ナチ党あげての反ユダヤ・キャ
ンペーンと暴力行為は、とりわけアメリカでしばしば反ナチス・デモを引き起こした。一九三六年、冬季オリンピ
ックを控えドイツの町々から、いっせいに反ユダヤ・キャンペーンが消えた。商店にはりめぐらしてあった「ユダ
ヤ人お断り」の掲示がとり外された。ドイツ特派員だったアメリカ人ジャーナリスト、ウィリアム・シャイラーの
『ベルリン日記 1934−1940』(筑摩書房)の一月二十三日付にある。現況を報告し、オリンピックの訪問客
は「この国のユダヤ人が受けている」扱いについて、何も気づかないようにされていると書いたところ、すぐさま宣
伝省から手ひどくとがめられた。
さらに半年あまりのちの大会に、当局がいかに周到な準備をしたかはいうまでもない。選手村の事務長にユダヤ
人を起用。すでに国外に出ていたユダヤ人の一人、女子フェンシングのヘレーネ・マイヤーをよびもどして「ドイツ
選手団」に加え、その銀メダルを熱烈に祝福した。八月十六日のオリンピック終了日にシャイラーは書いている。
「残念ながらナチのプロパガンダは成功を収めたようだ」
その中核となったのは天才的なショーマン、ゲッベルスをはじめとする国民啓蒙宣伝省だった。ゲッベルスは三十
代、主だったスタッフは二十代。徹底して外国からの報道貞のための情報のお牒立てをした。世界のマスコミはナチ
スが好むとおりの「真のドイツ」を嬉々として故国に送った。北京オレンピックの場合はどうなのだろう? 選手たちの活躍はともかく、「真の中国」がどのように伝えられるか、私にはむしろそのことに興味がある。
2008-05-14 00:21
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